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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)13469号 判決 1985年4月30日

原告

大成観光株式会社

右代表者

山田明奎

右訴訟代理人

木幡尊

阿部博

被告

呉嘉盛

右訴訟代理人

赤坂裕彦

鈴木輝雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地、建物についてなされている別紙登記目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告(以下、原告会社という。)は、昭和五二年一月二六日当時より別紙物件目録記載の土地、建物(以下、本件土地、建物という。)を所有しているものである。

2  被告は、本件土地、建物にいて別紙登記目録記載の各登記(以下、本件登記という。)を有する。

よつて、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件土地、建物について本件登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実のうち、原告が昭和五二年一月二六日当時本件土地、建物を所有していたことは認めるが、現在その所有者であることは否認する。

同2の事実は認める。

三  抗弁

1  被告は、昭和五二年一月二六日、原告会社の代理人である弁護士荒木和男との間で本件土地、建物を代金四〇〇〇万円で買い受ける旨の売買契約(以下、本件売買契約という。)を締結した。

2(一)  荒木弁護士は、昭和五一年六月二五日、当時の原告会社代表取締役朴準奎から本件土地、建物売却についての代理権を授与された。

(二)  また、荒木弁護士は、昭和五二年一月二四日、当時の原告会社代表取締役李順子からも本件土地、建物売却についての代理権を授与された。

もつとも、右原告会社代表者李順子については、昭和五一年九月五日開催の株主総会における同人の取締役選任決議不存在確認判決(昭和五五年五月九日訴提起、同年一一月二七日判決言渡、同年一二月一二日確定)があり、一般的理論に従えば、李順子が原告会社の代表取締役ではないことは右確定判決によつて確定されていることになろうが、本件売買契約が締結された昭和五二年一月二六日当時は右李順子が原告会社の代表取締役として登記されていたのであり、それにもかかわらず、右確定判決によつて同人の地位が遡及的に否定されることになるとすれば、会社と本件売買契約のような取引関係にはいろうとする第三者は、その都度、当該代表取締役に関する取締役選任決議の有効性を調査してからでなければ安心して取引できないことになるが、かかる調査を右第三者に強いることは酷であり、事実上不可能であるから、少なくとも本件売買契約のような取引行為に関する限り、商法一一〇条を類推適用して右確定判決の効力は遡及しないものと解すべきである。

(三)  仮に、右主張が認められず、荒木弁護士が代理権を授与された昭和五二年一月二四日当時、李順子は原告会社の代表取締役でなかつたことになるとしても、昭和五一年一〇月一二日になされた李順子の代表取締役就任登記は、当時二名いた原告会社の取締役のうちの一名である催在季が、積極的にこれを行つたものであり、原告会社は、昭和五五年五月の前記訴提起に至るまでの間、およそ四年の長きにわたつて、右不実の登記を放置、黙認していたものであるから、原告会社は、商法一四条の規定により、第三者である被告に対し、李順子が代表取締役でないことをもつて対抗しえないというべきである。

(四)  仮に、右主張も認められないとしても、右(三)に述べた事実関係からすると、原告会社は、李順子に対し代表取締役なる名称を付与したものというべきであるから、商法二六二条の規定により、被告に対し、同人が代表取締役でないことをもつて対抗しえない。

四  抗弁に対する認否と反論

抗弁事実は全部否認し、その主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実のうち、昭和五二年一月二六日当時、原告が本件土地、建物を所有していたことについては当事者間に争いがなく、同2の事実(本件登記の存在)についても当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁事実について判断する。

1  抗弁第1項(被告、荒木弁護士間での本件売買契約締結)の事実については、<証拠>によれば、これを認めることができ、これに反する証拠はない。

2  同第2項(一)(原告会社代表取締役朴準奎から荒木弁護士への本件売買契約締結についての代理権授与)の事実については、<証拠>によれば、被告が右代理権の授与の日と主張する昭和五一年六月二五日当時、朴準奎が原告会社の代表取締役であつたことは認められるが、同人が荒木弁護士に対し本件売買契約締結についての代理権を授与したことを認めるに足りる証拠はない。むしろ、同弁護士自身、証人として、本件土地、建物の売買の代理人として受任する気持はなかつた旨証言をしていることと弁論の全趣旨に照らすと、朴準奎の荒木弁護士に対する右代理権授与の事実は認められないというほかない。

3  同第2項(二)(原告会社代表者李順子から荒木弁護士への本件売買契約締結についての代理権授与)の事実については、<証拠>によれば、李順子は、昭和五二年一月二四日頃、荒木弁護士に本件売買契約締結についての代理権を授与したことを認めることができ、これに反する証拠はない。

しかしながら、右李順子の取締役選任に関する昭和五一年九月五日の株主総会決議不存在確認の確定判決(昭和五五年一二月一二日確定)が存することは被告の自認するところであり、これによれば、李順子が荒木弁護士に右代理権を授与した昭和五二年一月二四日当時同人は原告会社の代表取締役でなかつたことになるところ、被告は、商法一一〇条を類推適用して右判決の効力は遡及しないと解すべきであるというが、昭和五六年法七四改正前の商法二五二条は同法一一〇条を準用していないことを考慮すると、明文の規定に基づかない被告の右主張を直ちに採用することはできない。

4  そこで、同項(三)(不実の登記−商法一四条適用の主張)について検討するに、商法一四条が適用されるためには、登記自体がその申請権者の申請に基づいてなされるか若しくはこれと同視するのを相当とするような特段の事情の存在が必要であると解するのを相当とするところ、<証拠>によれば、李順子の代表取締役就任の登記が李順子本人と原告会社の代表権のない取締役である催在季によつてなされたものであることは明らかであるから、これをもつて登記申請権者の申請に基づく登記ということはできず、また、本件全証拠によるも申請権者の申請に基づく登記と同視するような特段の事情があるとは認め難いので被告の右主張は採用できない。

5  同項(四)(表見代表取締役−商法二六二条適用の主張)についても、その名称が名称付与権者によつて付与されたか、これと同視するのを相当とするような特段の事情の存在が必要と解されるところ、右4において判示した事実に照らすと、被告の右主張も採用できないといわざるをえない。

三以上のとおり、被告抗弁2(一)ないし(四)の主張はいずれも認められないが、<証拠>を総合すると、本件売買契約締結の経緯として、次の事実を認めることができる。

1  原告会社は、昭和四〇年三月八日朴準奎を中心に設立された会社であり、昭和四六年五月二八日以降同五一年一〇年二日までの間、その取締役としては、代表取締役朴準奎、取締役催在季、同山田明奎(朴準奎の実兄)の三名が登記されていたが、原告会社に対する出資及びその運営は殆んど朴準奎によつて行われていたのであつて、原告会社は、実質的には朴準奎の個人会社ともいえるものであり、催在季、山田明奎はいずれも名目的に取締役として登記されているにすぎなかつた。

2  ところで、原告会社は、昭和四二年八月一六日頃本件土地、建物を取得した後、同所においてバー、クラブ等飲食店の経営を行つてきたが、同所における営業は必らずしも順調ではなく、昭和五一年六月当時、本件土地、建物を担保とした債務だけでも二〇〇〇万円を超える状態になつていた。

そこで、朴準奎は、同月二五日頃、不動産業を営む有限会社フタミ商事に二〇〇万円の借入れを申込むと同時に本件土地、建物の売却斡旋を依頼した。

3  しかして、右フタミ商事の原告に対する二〇〇万円の貸付けに関する書類等の作成は、同商事の実質上の経営者である二村紀由や朴準奎から事情を聞いた荒木弁護士がこれを行い、右フタミ商事は広告を出す等して本件土地、建物の売却斡旋を行つていたが、同年九月二七日、朴準奎が死亡した。

4  そして、その当時、朴準奎と同居し外国人登録法上、同人の妻としての屈出を了していた李順子が本件土地、建物での飲食店の営業に従事していたが、警察の方から同人に対し朴準奎の死後もそのまま営業を続けることに対し問題がある旨の指摘があつたので、李順子は、そのことについて、原告会社の取締役の一人として名を連ねていた催在季に相談したところ、朴準奎の妻である李順子が同人の後を継ぐのが当然と考えた催在季は、李順子に原告会社代表取締役になることを勧め、同人に司法書士を紹介したので、李順子はこれに従つて右手続を進め、同年一〇月一二日、李順子の原告会社代表取締役就任の登記が行われた。

5  そして、その後、しばらく、李順子は、本件土地、建物において原告会社の飲食業の営業を続けていたが、間もなく右営業を廃止することを決意し、同年一〇月末頃、荒木弁護士に対し本件建物における炉端焼店舗の処分や朴準奎の遺産処分、負債整理を依頼し、同弁護士にこれに必要な委任状や印鑑証明書等を交付した。

6  一方、被告は、昭和五一年一一月ころ、新聞広告により本件土地、建物が売りに出ているのを知り、前記フタミ商事の二村紀由や荒木弁護士と交渉して本件売買契約を締結したのであるが、右弁護士らが必要書類を所持していたので、李順子が原告会社の代表取締役としてなした右弁護士に対する委任は当然有効なものであると信じて疑わなかつた。

7  なお、本件売買代金四〇〇〇万円のうち半額以上の二二六〇万円余は原告会社の前記債務の支払にあてられた。

8  ところで、朴準奎の死亡当時原告会社の催在季以外のもう一人の取締役であり朴準奎の兄である山田明奎は、朴準奎の死亡後、これを知りながら原告会社の役員変更や経営等について何らの措置をとらなかつた。

9  その後、原告会社設立当時の朴準奎の妻(前妻)であり、原告会社の株主となつていた兪貞玉が昭和五五年五月に、原告会社代表取締役李順子を相手に取締役選任決議不存在確認の訴を提起し、被告が自認する確定判決を得た。右訴訟で山田明奎は証人として証言をなした。

10  山田明奎は、昭和五七年五月二一日、原告会社代表取締役就任の登記をなし、同年一一月一日本訴を提起した。

以上認定の事実に照らし考えるに、原告会社代表取締役李順子名義で本件売買契約が締結されるに至つたことについては、原告会社はいわば朴準奎の個人会社ともいうべき実態のものであるところ、朴準奎はその生前から原告会社の負債整理のため本件土地、建物を売りに出していたという背景事情があるうえ、朴準奎の死後その妻である李順子が原告会社代表取締役の就任登記をなすについては、朴準奎の死亡当時、原告会社の取締役の一人であつた催在季が積極的にこれを勧めてなさしめたという事情があるうえいま一人の取締役である山田明奎が朴準奎死亡当時、同人の死亡により原告会社の代表取締役が欠けたことを知つた筈であるにもかかわらずその役員変更の手続については何らこれを行おうとしなかつたことも大きな原因となつていると考えられること、一方、被告は、法律の専問家である荒木弁護士が原告会社代表者李順子名義の委任状等を用意して本件売買契約締結にのぞんでいることからみて、右李順子の代表権限につき疑問をいだかなかつたものであり、そのこと自体はやむをえないことであると考えられること、さらには、原告会社の前記二二六〇万円余の債務は本件売買契約による売買代金によつて弁済されていること及び本訴は、本件売買契約の締結、原告会社の経営終了後五年以上してから前記山田明奎が原告会社代表取締役就任登記をなしたうえ提起されたものであること等諸般の事情を総合考慮すると、山田明奎を代表取締役とする原告会社が、本訴において、被告との関係で季順子の原告会社代表権を否認することは信義則に照らして許されないものとするのが相当である。

四以上のとおりとすると、原告の本訴請求は理由がないというべきであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野 茂 裁判官池田亮一 裁判官加々美博久)

物件目録

一 (土地)

杉並区高円寺北三丁目九八一番九四

宅地 九九・二三平方メートル

二 (建物)

杉並区高円寺北三丁目九八一番九四

家屋番号 九八一番九四の一

店 舗 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

一階 六九・七六平方メートル

二階 八四・六七平方メートル

登記目録

東京法務局杉並出張所

昭和五二年二月八日受付第四五七八号

所有権移転登記

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